Column
コラム
ライフスタイルプロデューサー、下田結花さんの
「心地よく暮らす」ためのインテリアコラム
撮影/和田北斗
しもだゆか/株式会社2M house代表取締役
「モダンリビング」 ブランドディレクター(元・編集長)
2021年から東川と東京の二拠点生活を始める
「グラフ旭川」に「My Favorite Place」連載
著書に「心地よく暮らす インテリアの小さなアイデア109」(講談社)
【Vol.2】北の大地で生まれた、旭川家具の魅力
旭川デザインセンターのカンディハウスのブース。IFDAの受賞作品も商品化されている。
旭川家具はどうやって生まれたのか?
日本には五大家具産地があるのをご存知ですか?
大川家具 福岡県大川市
飛騨家具 岐阜県高山市
徳島家具 徳島県徳島市
静岡家具 静岡県島田市、焼津市、藤枝市
旭川家具 北海道旭川市
箱物の大川、脚物の飛騨、鏡台の徳島、漆塗り家具の静岡ーーとそれぞれに成り立ちも得意な家具も違います。では、旭川家具はどんな歴史と特徴を持っているのでしょうか。
杉本啓維さん(旭川家具工業協同組合専務理事)にお聞きしました。
「旭川家具の歴史は、北海道の開拓と防衛のために旭川に置かれた、陸軍の第七師団の下足箱や食器棚を作ったことから始まりました。建具職人などがその製作にあたったそうです。それがやがて、タンスなどの製造につながっていきます」
大雪山系に囲まれた旭川には、なんといっても豊富な森林資源がありました。
旭川に限らず、長い間、家具の需要の多くは婚礼家具でした。嫁ぐ時には、桐箪笥や洋ダンスなど、何竿かのタンスを持っていくのがあたりまえだったのです。タンスの需要が多かった時代は1990年代まで続きます。
長原實さんという方がいた!
旭川家具を語るうえで、長原實(ながはらみのる)さん(1935-2015)という方を外すことはできません。
約40年間、長原さんと一緒に仕事をした藤田哲也さん(旭川家具工業協同組合理事長、カンディハウス代表取締役会長)は「長原さんは信念の人でした」と言います。
カンディハウスの創業者であり、旭川家具工業協同組合の理事長、全国家具工業連合会の会長などを歴任。優れたデザイナー、実業家、教育者、思想家であり、旭川家具の育ての親でもありました。また、世界的な椅子のコレクションとして有名な織田コレクションを旭川に誘致した人でした。
長原實さんは上川郡東川町の農家の四男として生まれ、16才で旭川の家具工房に就職します。北欧家具を知り、椅子の巨匠ハンス・ウェグナーに憧れたそうです。そして28歳の時に、旭川市海外派遣研修生として西ドイツへ。
「海外研修制度といっても、シベリア鉄道で片道切符を持っただけの西ドイツ行きだったそうです。帰りの切符は自分で稼いで帰ってこい、ということです。ドイツではキド社という家具会社に勤めます。長原さんが素晴らしいのは、中古のビートル(車)を買って、休みの日には北欧をはじめ、ヨーロッパ中を回ったことです」(杉本さん)
ある日、長原さんはオランダの港で良質なナラ材に出会います。そこには「OTARU」という文字が刻まれていました。オタルオークとも呼ばれた小樽から出荷された北海道のミズナラでした。せっかく持っている良い材料を、日本は使わずにいるということを知り、長原さんは北海道の木で家具を作ろうと決心します。
1980年代まで、北海道の木材はヨーロッパに多く輸出されていました。輸出が減ったのは、1985年のプラザ合意で急激に円高になったこと、北海道の良い木材が枯渇しだしたことなどからでした。
約3年間、ヨーロッパでの経験を積み、北海道に戻った長原さんは、1868年、インテリアセンター(カンディハウスの前身)という家具の会社を立ち上げます。
椅子を作りたい、と自らデザインして製品化しますが、まったく売れませんでした。それだけでなく、箱物(タンスなどの総称)中心の旭川の家具業界では、ヨーロッパかぶれと異端児扱いだったそうです。
そんな時、東京での展開をアドバイスしてくれた人がおり、長原さんは新宿の小田急ハルクに椅子を置いてもらうことに。北欧風のデザインでありながら、北欧家具より安いこともあって、東京でマーケットを開拓することができました。
1990年代になり、住宅のあり方が変わって収納は建築の一部として作られるようになりました。バブル期に大幅な設備投資をしたにもかかわらず、バブル崩壊後、一気にタンスが売れなくなり、旭川では多くの家具会社が倒産。残った会社は椅子やテーブルなどにシフトしていきます。
「信念の人」長原實さん。カンディハウスの創業者。現在も長原さんがデザインした家具がカンディハウスの商品として多くの人に愛用されている。
34年続いているIFDAのこと
2024年のIFDAの受賞作品。旭川の家具メーカーが試作したもので、最終審査が行われる。
毎年6月、あさひかわデザインウィークが開催されます。1955年にはじまった「旭川家具産地展」が起源ですが、2015年から「あさひかわデザインウィーク」と名称を一新しました。現在では、ユネスコのデザイン都市となった旭川市全体のイベントになっています。それに合わせて3年に1度、「国際家具デザインコンペティション」= IFDAが開催されます。1990年から始まったこのIFDAも長原實さんらが中心になって実現しました。世界中のデザイナーから作品を公募し、旭川家具の技術で製品化するという木製家具デザインコンペティションです。継続開催していくために、3年に1度のトリエンナーレ方式をとっています。
2024年まで34年間に12回開催され、1万点以上の応募がありました。そのうち50〜60点が旭川家具として製品化されています。しかしそれだけではなく、「IFDAの意味は世界のデザイナーと直接繋がることにある」と長原さんは言ったそうです。デザイナーと協業し、より良い家具を生み出す道筋を作ったのです。
旭川家具の魅力とは?
では、改めて旭川家具の魅力はどこにあるのでしょうか?
「ひと言で言えば、『高品質で良いデザインである』ということです。長原さんは、家具は耐久消費財ではない。家財=家の財産だと言っていました。代々使っていくものだと。旭川家具は20年使った椅子でも、メインテナンスで見違えるようになります」
そしてそれを支えているのは、「良質な素材がすぐ近くにあること。そして、高い技術力があるということです」(杉本さん)
2年に1度開催される技能五輪国際大会は、出場資格が22歳以下という若手による大会です。この世界大会に9回連続、旭川から日本代表として出場しています。旭川では技術を磨き継承していく育成システムも出来上がっているのです。
旭川市庁舎に行ってみよう
旭川市新総合庁舎の議場。会議テーブル、椅子、議長席背面パネルまで旭川家具で設えられている。 【撮影/今田耕太郎】
2023年、旭川市新総合庁舎が完成しました。一歩中に入ると、木の香りに包まれます。置かれている家具や本棚のほとんどが旭川家具です。手続きをするカウンターや椅子も、食堂のテーブルと椅子も。9階に上がると会議場が見下ろせる場があり、木の構造材で作られた会議場の中にも旭川家具が置かれています。また、同じ9階には誰でも自由に使える広いラウンジスペースがあり、そこにも寛げる木の家具があります。公共の場で、これだけ木の家具を体験できるところは他にないでしょう。旭川にとって旭川家具がいかに大切なものであるかを感じる場です。
「この新総合庁舎プロジェクトは旭川家具工業協同組合が請け負い、857点の家具を納品するために、旭川家具メーカーが総力を挙げて取り組みました」(藤田さん)
また旭川デザインセンターは、家具やクラフトを一度に見ることができる場所です。1000坪のスペースに、30数社のブース、約1200点の家具・クラフトを展示。椅子のギャラリーや体験工房、木工アイテムを購入できるショップもあります。
直接、旭川家具に触れたい時は、旭川市新総合庁舎や旭川デザインセンターに足を運んでみましょう。
晴れていれば、十勝連峰が望める旭川市総合庁舎の9階展望ラウンジ。ここにも旭川家具が置かれている。誰でも自由に使うことができる。 【 撮影/今田耕太郎】
「良いものを長く使う」という暮らし方へ
1985年のプラザ合意以降、円高によって国産材より輸入材が安く手に入るようになり、国内の家具も輸入材で作ることが主になっていきます。しかし、現在では国産材の使用が進み、旭川家具を代表するカンディハウスでは、1年間に使用する木材の7割が北海道産となっているそうです。
地球温暖化が実感として感じられる時代。エネルギー消費を考えると、暮らしの中で使うものをできるだけ身近な場所から調達し加工する、ということが物を選ぶ際のひとつの基準になりつつあります。
国産材で、職人によって丁寧に作られた美しい家具が旭川にあります。旭川家具を選ぶことは、ただデザインの良さだけでなく、「良いものを長く使う」という暮らし方に繋がるのだと思います。
旭川ふるさと納税の旭川家具の中から、特に私の好きな家具、こう使って欲しいと思うものをセレクトしました。ファブリックも私が選んだ特別仕様のものをご紹介します。
【パーソナルチェア】
パーソナルチェアは「自分の居場所」
ソファやダイニングは一般的でも、パーソナルチェア(リビングチェア)を置いている家はまだ少ないのではないでしょうか。でも、このパーソナルチェア、ソファにはない良いところがたくさんあるのです。
パーソナルチェアを1つ置いて、小さなサイドテーブルやスツールなどをテーブル代わりに。できれば本を読めるように照明も。これだけで自分だけのスペースができあがります。畳1枚分あれば作ることができるこうしたスペースをコージー(cozy = 心地よい)コーナーと呼んでいます。
軽いから動かすことができる
パーソナルチェアの中でも、このライナスをお勧めしたい理由は、3つあります。
1つめは女性でも簡単に移動できるほど軽いこと。キッチンの横、窓のそば、ストーブの前、テレビを見やすい場所に、と動かすことができるのです。ひとりになりたい時は、ベッドルームに持っていって静かにティータイムもいいですね。
2つめは、背もたれが高く、頭までしっかりホールドしてくれること。枕もついているので、ゆったりと寄りかかって休むことができます。
3つめはお揃いのスツールがあること。足をのせるとよりくつろぐことができますし、このスツールにトレイをおけば、サイドテーブル代わりにも使えます。お客様が来たときの予備の椅子にもなるスツールは、とても使い勝手が良いのです。
【撮影/和田北斗】
自分の好きな楽しい色を選びたい
そんなパーソナルチェアは、自分の気持ちに合う色を選びたいもの。ソファはサイズが大きいので、どうしてもグレーやベージュといった無難な色になりがちですが、パーソナルチェアは思い切った色も可能。今回は元気がでるイエローを選んでみました。同じデザインでも色や柄が変わるだけで、まったく違った印象になります。
こんな「自分の居場所」があるだけで、慌ただしい暮らしの中でも、小さな幸せを感じる句読点を打つことができるのではないでしょうか。